文筆家の伊勢華子さんは、世界中を旅した後、日本の小さな島々をまわり、『サンカクノニホン』という絵本を書き上げました。どうして島をまわろうと思ったのか。その理由は、“地図にない”島との出会いでした。タブロイド紙『季刊リトケイ』12号に掲載されたインタビューのロングバージョンでお届けします。(聞き手・薮下佳代/写真・大久保昌宏)
■6852島でできている日本のカタチ
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世界中の子どもたちに宝物の絵を描いてもらい1冊にまとめた『「たからもの」って何ですか』という絵本を2002年に出版しました。その本を直接、子どもたちに届けるためにもう一度世界をまわった時、日本の子どもたちにも見てほしいと思ったんです。そこで、日本のどこをまわろうかと考えて、本が手に入れづらい離島や山里へと行くことにしたんです。
とある小さな島へ行って、子どもたちと本を見ていた時、「ぼくたちの島はどこにあるんだろうね?」という話になりました。たまたま集会所にあった日本地図を広げてみると、その子たちが住む島のある場所に島はなく、真っ青な海になっていました。
その日本地図にないだけで、載っている地図もきっとあるだろうと、東京に戻ってから、地図の専門店をまわったんですが、どんな日本地図にも載っていませんでした。地図博士に聞きに行ったりもしましたが、「すべての島が載っている日本地図に興味を持つ人はいませんよ」と言われてしまったんです。
ないならないで、自分で作ってみようと、縮尺の違う地図をいくつか買って切り貼りすることにしました。でも、そもそも島がいくつあるのか、島とは一体なにを指すのか、本来、南にあるといわれている島も、西にあるんじゃないかと思ったり、見ればみるほど島がわからなくなったりしました。
まずは、一番端っこを捉えようと、東西南北の一番端っこにある島をみつけて、そこをつないでみると、三角のかたちをしていることに気がつきました。それまで日本列島は細長いものだとばかり思っていたので、そのことにとても驚いたんです。
その三角のなかには海が広がっていて、そこにたくさんの島が点在していました。その島を一つずつ描こうとしたら、島の数が多すぎて、隣の島同士が重なって描けなくて。でも、その点にも満たないような小さな島にも、誰かが住んでいる。一体どんな人が住んでいるんだろう? そう思って、人口1,000人以下で橋がかかっていない島を中心にまわりはじめたんです。
島に行くにはお金も時間もかかるので、自分で行くにはとても大変でした。東京にある青ヶ島(あおがしま)に行った時は、八丈島(はちじょうじま)までたどり着いたものの、ヘリコプターが飛ばなくて、2日間足止めになりました。その当時はまだ燃油サーチャージもかからない時代だったから、ニューヨークへ行くよりも時間とお金がかかりました(笑)。距離がどれくらいだとか、そういうことではなくて、体感としての距離の遠さを思いましたね。それから3年くらいかけて30島をまわり、『サンカクノニホン』という絵本にまとめました。
その絵本のなかにも描きましたが、日本にある6,852個の島を自分で体感してみようと思って、丸を6,852個描いてみたんです。3時間くらいで終わるかなと、気軽な気持ちで描きはじめたんですが、手が疲れてしまって、だんだんと1つの丸を急いで描き出してしまったんですね。それでふと、一個の島が大切だと思っていたはずなのに、いい加減に描いちゃいけないなと思って、きちんと一個ずつ丁寧な気持ちで描こうと思ったら、書き終わるのに2日半もかかってしまいました(笑)。
大人になると子どもの時に学校に貼ってあったような日本全体を把握できる地図ってあまり見る機会がないと思うんです。
自分の生活圏の地図だったり、旅先だったり、限定された地域のものを見ることはあっても……。機会があっても、天気予報で見る日本地図は、天気予報の目的で作られているから、すべての島は載っていませんよね。沖縄や伊豆諸島なんかは、集合写真で休んだ子みたいに、隅っこのほうに載っていたり。
でも、それは、実際に島の数が多すぎて日本地図に書ききれないという現実があるからなんですよね。けれど、どうしてもあきらめられなくて、地図会社の人にすべての島を書き込んだ地図はできるのかと相談したこともありました。いまからもう12年も前のことです。そうしたら、「事実上はできる。けれど、島がつぶれないようにするにはとてつもなく大きな地図になってしまう」ということでした。そのとき、確かにすべての島が入った地図は見てみたいけど、大切に思ってたのは、その点にも満たない小さな島で人は何を思い、どんな暮らしをしてるんだろうということだと、思い返したんです。
世界中をまわった時は、子どもたちに宝物の絵を描いてもらうと決めていましたが、日本の島をめぐる時は、誰に会うとか、なにをするとか、そういったことを一切決めないことにしたんです。でも自然と、小さな島だと人にあまり会わなかったりして、花や草のほうが親しい気持ちになったりもしました。カメラも持たずに島へ行ったので、島の花を押し花にしようと、島で植物採集をはじめたんですね。特に道具も必要ないですし、ノートに挟むだけでできますから。
ほかにも、島ですれ違った女の子についてのショートストーリーを書いたりもしています。都会に住んでいる女の子も、島に住んでいる女の子も、たとえ環境は違っても、少女の頃特有の繊細さは同じだと思ったりするので。
世界中を旅しても、日本の島を旅しても、やっぱり興味があることは、人の気持ちとか心のなかなんです。いま書いている原稿も、あえて言うなら「普通」という言葉が似合う女の人の話。距離としての遠さじゃなくて、自分の横にいるような近さ。遠くて違うのは環境が違うし、肌の色も文化も違う。でも、日々、暮らしているなかですれ違う隣にいる人たちと自分って、似たような環境なのに、どこが違うんだろう? 同じなんだろう? ということがいまとても気になっています。
次に、また島に行くなら、もう一度同じ島を巡りたいと思っています。島ですれ違っただけの人や島で見た風景など、いろいろな思い出がある島を、再び訪れることで、自分はどういうふうに感じるだろうかと確かめてみたい。たとえ、島の名前はすぐ思い出せなくても、その島で出会ったおばあちゃんの手の柔らかさを今も覚えていて、私にとってはそのことの方が大切なんです。そういう忘れられない記憶が毎日の糧になっています。
(お話を聞いた人)
伊勢華子(いせ・はなこ)さん
文筆家。ペンとスケッチブックを片手に世界を旅し、子どもたちに宝物や世界地図を描いてもらった絵本『「たからもの」って何ですか』、『ひとつのせかいちず』を出版後、現在は、日本の島のショートストーリーを執筆中。『サンカクノニホン―6852の日本の島物語』
端っこの島と島をつなげてみると、大きな三角のかたちをしている日本。全国の島を巡って見えてきたのは、島国日本のバラエティ豊かな暮らしでした。伊勢さんの温かい文章で綴られた写真絵本。(ポプラ社/1,300円+税)
離島経済新聞 目次
『季刊ritokei(リトケイ)』インタビュー
離島経済新聞社が発行している 全国418島の有人離島情報専門のタブロイド紙『季刊ritokei(リトケイ)』 本紙の中から選りすぐりのコンテンツをお届けします。 島から受けるさまざまな創作活動のインスピレーションや大切な人との思い出など、 島に縁のある著名人に、島への想いを伺います。
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