つくろう、島の未来

2019年10月15日 火曜日

「観光」は島にとって重要な収入源である一方、観光客を受け入れる地域の許容を超えてしまえば、住民の暮らしや自然などに悪影響を及ぼします。

周囲約9平方キロメートル。石垣島から約15分で渡ることができる竹富島には、約360人の人口に対して年間50万人以上の観光客が訪れています。

毎日、住民の3倍以上の観光客数が訪れる状況を、竹富島に暮らす人々はどのように感じているのか。竹富島と観光の歩みとともに、その「声」を聞いてください。(取材・写真 水野暁子)

この特集は有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』29号「島と人が幸せな観光とは?」特集(2019年8月27日発行)と連動しています。

八重山諸島の中心に浮かぶ小さな島と、観光の歴史

琉球王国時代の竹富島は、八重山諸島の政治の発祥地である。狭小な土地であるため石垣島へ行政府は移転したが、「八重山における行政府の始まりは竹富島」と島民は今でも誇りに思っている。

終戦後には2000人を超える人々が暮らしていたが、過疎化が進行し、2000年には279人まで減少。

1972年の沖縄本土復帰前は農業や工芸品の製作が主産業であったが、次第に観光関連業が盛んになり、現在は85%以上が第3次産業従事者となっている。

また、前年の1971年には干ばつや大型台風の被害とあわせ、島では島外資本による土地の買い占めが増加。土地の買い占めへの反対運動も起きたが、島の3分の1が島外資本に売り渡された。

その後、売られた土地を島の有志が買い戻し、1986年に島民らが自主的に「竹富島憲章」を制定。「売らない」「汚さない」「乱さない」「壊さない」「生かす」を基本理念にした憲章も評価され、1987年には国の「まちなみ保存地区」に選定された。

2007年、外資系ファンドの手に渡っていた80ヘクタールの土地の権利を島に戻すため、3年以上の議論を経て星野リゾートが土地を買い戻し2012年に「星のや竹富島」が開業。その背景では、土地の買い戻し代金返済後には土地を竹富島振興のために活用するなどが約束された協定書が結ばれている。

その後、2014年に島外資本に渡った土地でリゾート開発計画が浮上。島の景観保全や水、廃棄物処理などの環境容量への懸念から、島民の8割が反対。2019年7月には開発反対を訴える4万4000筆を超える署名を集めるが、未だ解決の糸口は見つかっていない。

竹富島に暮らす人の声

内盛正隆

観光客が増える事でお金が増えるスピードは早くなるけれど、人がたくさんくればゴミが増えるし、きれいな島が汚れてしまう。

内盛夏凛

竹富島の海のきれいなところが変わって欲しくない。あんまりいっぱい観光の人がくると、家族全員で遊べなくなるから嫌。

新田初子

竹富島で生まれ育って80年。『竹富島で良かったな』と心から思います。ここで長く暮らしてきたからこその愛着があるからです。

本土へ復帰してから良い生活になってきてはいるけれど、島に人が来すぎて、秩序が乱れています。

自転車のお客さんが溢れ、自分は怖くて自転車に乗れなくなりました。島は静かな場所だったのに、今では日帰りで押し寄せる観光客のグループが大声で騒ぎながら家の前を通って行く。

壊すのは簡単でも、元に戻すのは容易ではありません。これ以上、要りません。

松竹昇助

昔は、観光で島に訪れる人はほとんどおらず、かつての島民は白砂の道についたお互いの下駄のあとを見て、誰の足跡か分かるぐらいだった。あの頃は静かでよかった。

今は若い人が島に帰って来ても観光の仕事しかない、それは仕方がないこと。それで生活して行くしかないから。

我々は帰って来た若い人たちを大事に育てていかないといけない、若い彼らがしっかりして、この島の現状をこれ以上崩さないように、伝統を繋いで守っていってほしい。

阿佐伊拓

経済行為とは人々の営みを支えるものであり、人々の営みとは文化そのものです。つまり、経済行為は生活を維持するための手段であり、竹富島は、島をあげて観光産業を選択しているに過ぎません。

他の町並み保存地区では、観光施設と生活の場を区別しているところが多くありますが、竹富島が目指す観光とは、暮らしが滲み出た延長線上にあるため、『竹富島観光とは何ぞや』ということを、あらためて『竹富島憲章』を通じて竹富島観光を皆で共有する機会を創っていかなければならないと感じています。

内盛朝佳

竹富島のスケジュールは島の神事や天気、太陽や月の動き、潮の満ち引きによって決まります。

仕事ももちろん大切ですが、まず島の神様のこと、その次に公民館(※)や島の事、学校行事、それから仕事。島の事を大切に暮らしているからこそ、その風景が訪れる人の心に残るのだと思っています。

しかし、今心配なのは、来島者が多すぎること。人口360人のこの島に昨年は50万人に及ぶ観光客が訪れました。竹富島の水は石垣島から海底送水で送られてきています。石垣島からの給水量は限りがあり、石垣島のダムが渇水する時には真っ先に竹富島は計画断水の対象になります。

水道が引かれた1976年まで、全ての水を雨水に頼っていた祖母たちは水の確保に大変な苦労をしてきました。水の事は一例にすぎません。これ以上の大型施設や観光者数の拡大は、私たちの豊かな「島の暮らし」を脅かすのではないかと心配です。

※竹富島では公民館が地域をとりまとめている

前本隆一

竹富島には沖縄の原風景と言われる風景が残されています。

この姿は自然にできたのではなく、ずっと昔から先祖が苦労してつくってきたものです。人々の心をひとつにする「うつぐみの精神」で全てをつなげて、これを基本にしてきたことが竹富島の街並みにつながっている。

私たちが大切に守って来たこの自然や街並みを壊したくない。竹富島の自然や暮らしを守り、繋げていかなくてはいけません。

上勢頭舞音

竹富小中学校は少人数だからみんなお互いを知っている。地域の人たちも私たちのことを知っているから安心。たくさんの人が外から来たら、その中には怖い人がいるかもしれないから心配。

上勢頭巧

入域者数はこの20年間で増加していますが、竹富島の島民の生活は豊かになっていません。

お客さんの多くは、石垣島の船会社で乗船券やレンタサイクル、水牛車乗車券を併せたチケットを買ってくるため、島の事業所には少ない利益しか入らない仕組みとなっています。

滞在時間は1~2時間と時間がないため、お店には入らず自動販売機で飲み物を購入。島には缶とペットボトルのゴミがあふれています。

藤井可菜美

昔から受け継がれてきた竹富島の景色や人の優しさが誇らしく、開発により景観をガラッと変えてしまうのは竹富島らしくありません。緑が多く、赤瓦屋根の家が並ぶ町並みとゆっくりした静かな時間がある竹富島が好きです。

特集記事 目次

特集|島と人が幸せな観光とは?
現在、国が定義する日本の有人離島は416島。豊かな自然や多様な歴史文化、人と人が助け合う共助社会が存在する島は、いずれも住民やゆかりを持つ人にとって重要な場所であり、海洋資源や国土保全の視点に立てば、すべての日本人にとって重要な拠点ともいえる。 しかしながら、多くの島では戦後から人口減少が続き、離島地域に暮らす0~14歳の人口は、平成17年から27年までの10年間だけで、20%も減少している現実がある(平成17年、27年国勢調査)。 いくら愛着があっても、島を担う人が不在となれば、その島の文化は途絶えてしまう。離島経済新聞社では、住民にとって、島を想う人にとって、すべての日本人にとって、重要な島の営みが健やかに続いていくことを願い、「島の幸せ」を「健全な持続」と説き、持続可能な離島経済のあり方を追求。 今回は、多くの島で産業の中心を担う「観光」をテーマに、持続可能な観光を考える。 この特集は有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』29号「島と人が幸せな観光とは?」特集(2019年8月27日発行)と連動しています。

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