つくろう、島の未来

2024年03月29日 金曜日

つくろう、島の未来

鹿児島県大隅半島の南に浮かぶ屋久島(やくしま)。周囲約130kmの円い島の、山と川と海が接するわずかな平地に、ひしめき合って暮らしています。Uターンして、自らもコーヒーショップを営む島記者が、島ならではの小さな商いの話と季節のたよりを届けます。

#09 春は別れの季節。

港を彩る鮮やかな見送りテープや横断幕は、島ならではの春の情景です。

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たまたま3月31日にフェリーで島を出る機会があり、送られる人々とともに乗船しました。大きな花束と風に揺れるテープ、出港に合わせて流れる「蛍の光」。泣いたり笑ったり、大声で叫んだり、走って船を追いかけて、そのまま堤防から海に飛び込むのも昔から続く別れの儀式。

 

何度もこんな風に誰かを見送って、何度も悲しくなって、それゆえに、誰かを好きになるときはおっかなびっくりの及び腰。涙を拭う大人や子どもを船上から眺めながら、そんな感慨にふけっていました。

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蜂飼いの輪、拡大中

この時期、虫の世界にもにぎやかな別れがあります。

照葉樹の森に住む、ニホンミツバチが、巣別れをする季節なのです。新しい女王の誕生とともに、古い女王蜂は数千匹の働き蜂をともない、新たな城を求め、いっせいに巣を飛び立ちます。

 

何千匹もの働き蜂がひとつの生き物のように丸くまとまって、枝にぶら下がるさまは圧巻。彼女らを自作の巣箱に誘導して、蜂飼いは群れを増やしていくのです。

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島では、近年、蜂飼いの輪が拡大中。本コラムのvol.7で取りあげた長井さんのエッセイ集『屋久島発、晴耕雨読』も「ヤマバチと出会って」の一篇で蜂愛を謳っています。

 

胸部を覆う柔らかな毛と丸いおしり、黄色と黒の色合い、鮮やかな黄色の花粉団子を着けて飛び回る健気な様、みていて飽きることがありません。

 

島の南部からはじまる巣別れの情報を集めたり、巣箱を新調したり、古い巣箱を掃除したり、日除け雨除けを整え、新しい群れを迎え入れる準備をしたり、時には、近所にできた蜂球(ほうきゅう)を虫取り網で捕まえに行ったり、蜂飼いの春は大忙し。

 

なんとか巣箱まで誘導しても、気に入らないことがあれば、家出してしまいます。暑さ寒さ、周辺の植物や生物との関係、時には農薬散布なども影響するかもしれません。蜂がめでたく入居したとしても採蜜にこぎ着けるまでには、いくつもの難関があるのです。

 

そんな不確かな関係、人間の努力だけではままならない感じが、蜂飼いの魅力なのかもしれません。

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さらに、採りたてのハチミツは夢のような味。蜜源となる周辺の植物によって味も色も香りも異なるため、蜂飼い同士でテイスティングしあうと、その違いに驚かされます。

 

島の古い照葉樹の森には多くのミツバチが暮らし、ひと昔前は山仕事のお土産に蜜の詰まった蜂の巣をもらったり、ミツバチを飼っている人も多くみかけたといいます。

 

山下さんとニホンミツバチ

近年の屋久島ミツバチブームをもたらしたのが、写真家の山下大明さん。

 

実質的なデビュー作となる写真集『樹よ。ー屋久島の豊かないのち』で注目を浴びた後、1993年に屋久島に移住、島の森を丹念に歩き回り、撮影に明け暮れています。

 

はじまりは、山下さんの自宅の壁をすみかにしたひと群の蜂。

 

しばらくは、蜂の出入りを観察するだけで満足していましたが、一念発起。当時、ニホンミツバチを飼っている人が身近にいなかったため、あの手この手で生態を調べ、ようやく自作の巣箱に群れを招き入れたときには、思い立ってから3年の時が経っていました。「黒い蜂雲が、うなりをたてて箱に入ってきた日の感動と興奮は忘れられない」と語ります。

 

巣箱の蜜は、半分だけいただいて、残りは群れの維持のため、そのままにしておきます。欲張らないのが、長続きのコツ。巣箱の形状や採蜜の方法など、新しい方法を調べては試す日々。

 

友人たちにも惜しみなくノウハウを伝え、さらにその友人たちが周囲に伝え、ニホンミツバチ愛好家を増やしてきました。我が父もそのひとり。ミツバチのいる生活がすっかり日常になっています。

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巣箱の状態や周辺の植物の開花を毎年丹念に観察して、一年を通したリズムも掴めてきました。同じ島でも、飼っているエリアによって、巣別れや採蜜に適した時期が異なります。「ミツバチを飼ったことで、いっそう環境の変化に敏感になりました」(山下さん)

 

世界遺産に指定されてもなお、古い照葉樹の森の伐採は、続いています。山下さんは、照葉樹林の伐採が、最小限に留まるよう行政へ働きかけるなど、ミツバチ、ひいては島の豊かな自然を維持するための取り組みを地道に続けています。

 

セイヨウミツバチに比べ、収穫できる蜜の量は五分の一ともいわれるニホンミツバチ。島で収穫されているほとんどのハチミツは、各々の自家用ですが、この貴重な屋久島産ニホンミツバチのハチミツを購入できるのが、島の東、宮之浦の自然食品店「椿商店」と、島の南、高平の石窯パン工房「樹の実」。

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どちらもたくさん収穫できた夏秋頃の限定販売。オーナー自ら大切に世話した蜂から少しだけ分けてもらうので、大量供給はできないのです。ミツロウクリームやワックスといった副産物も商品化されています。

 

豊かな照葉樹の森は、植物だけではない多くの命を宿しているのだ。ハチミツを舐めると、自分もまた森に育まれる命のひとつとなって、森そのものに溶け込んでいく、そんなイメージが喚起されるのです。

 

 

(つづく)

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